ぼくオレ日記。

ネタや雑念など。

宮沢賢治「薤露青」をひっそり広める。すきな理由を考える。

f:id:bokuore:20151110222213j:plain

薤露青(かいろせい)
   一九二四、七、一七、

   みをつくしの列をなつかしくうかべ
   薤露青の聖らかな空明のなかを
   たえずさびしく湧き鳴りながら
   よもすがら南十字へながれる水よ
   岸のまっくろなくるみばやしのなかでは
   いま膨大なわかちがたい夜の呼吸から
   銀の分子が析出される
     ……みをつくしの影はうつくしく水にうつり
       プリオシンコーストに反射して崩れてくる波は
       ときどきかすかな燐光をなげる……

   橋板や空がいきなりいままた明るくなるのは
   この旱天のどこからかくるいなびかりらしい
   水よわたくしの胸いっぱいの
   やり場所のないかなしさを
   はるかなマヂェランの星雲へとゞけてくれ
   そこには赤いいさり火がゆらぎ
   蝎がうす雲の上を這ふ
     ……たえず企画したえずかなしみ
       たえず窮乏をつゞけながら
       どこまでもながれて行くもの……
   この星の夜の大河の欄干はもう朽ちた
   わたくしはまた西のわづかな薄明の残りや
   うすい血紅瑪瑙をのぞみ
   しづかな鱗の呼吸をきく
     ……なつかしい夢のみをつくし……

   声のいゝ製糸場の工女たちが
   わたくしをあざけるやうに歌って行けば
   そのなかにはわたくしの亡くなった妹の声が
   たしかに二つも入ってゐる
     ……あの力いっぱいに
       細い弱いのどからうたふ女の声だ……
   杉ばやしの上がいままた明るくなるのは
   そこから月が出ようとしてゐるので
   鳥はしきりにさわいでゐる
     ……みをつくしらは夢の兵隊……
   南からまた電光がひらめけば
   さかなはアセチレンの匂をはく
   水は銀河の投影のやうに地平線までながれ
   灰いろはがねのそらの環
     ……あゝ いとしくおもふものが
       そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことが
       なんといふいゝことだらう……
   かなしさは空明から降り
   黒い鳥の鋭く過ぎるころ
   秋の鮎のさびの模様が
   そらに白く数条わたる


春と修羅 第二集より
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/47027_37961.html
薤露青……薤露(らっきょう)の細い青葉についた小さな露がはかなく消え去る運命をあらわす造語


僕の好きな詩です。
感性と知性がまじった文体・音体・描写力。童話的=ある種原始的な世界観。
すこしかなしくて、それでも救済的。科学の世界なのに、叙情的。

音読すると、目を瞑りたくなるような文字列で、固有名詞の持つ色彩を知るごとに世界が広くなるようです。
幅広く感得したものを自世界に変換した宮澤賢治の詩は、どれも自分を圧倒し、己の至らなさを感じさせます。皆さんはどう思われましたか。

大橋トリオさんがこの詩を元に作曲したものもあります。ご参考にどうぞ。