せつなさ。日常のどこにあるのか。
今は理性の時代なのか感情の時代なのか。
サッパリわかりませんが、どの時代にでも、どの人の心にも様々な感情がせめぎあっていることは確かなことだと思います。胸中を披瀝するかしないかなどは関係もありません。有無の問題にはなりはしないからです。
その中の一つである「切ない」。辞書の定義によると「切ない」という言葉は、「心を切られるほどの思い」というものを指します。
人間が自分のこころの深き所に培ってきた小さな思いの集合体が、ふとしたはずみで喚起され、自身を満たしていく。
人々はその「語りえなさ」に嫉妬し、またそれを愛し、そして心をゆたかにしていく。
まさに「切なさ」とは、自分自身のルーツを探ると同時に、成長の記録でもあると思います。
ということで、僕がここ一週間でせつなくなった状況を書き記しておきたいとおもいます。
月曜日: なぜ入らないんだ。洗濯するとこんなにも縮むのか。
火曜日: グミがおいしい。
水曜日: 乾燥機能のせいかもしれない。
木曜日: グミがおいしい。
金曜日: むしろすごい高性能だなあこれ。
土曜日: グミがおいしい。
日曜日: だれか僕を洗濯してください
はい。
ではー。